飲み会参加費を「死に金」にするか「生き金」にするかは自分次第

お金

お金の使い方には「生き金」と「死に金」がある。

と言われています。

 

 

■「生き金」■

その時払ったお金は周りまわって自分の為に帰ってくる。

特に人に感謝されるようなお金の使い方をした場合は大きくなって自分の元へ帰ってくる。

(例)人助けの為のお金(寄付)や相手と親密になる為に使ったお金

 

 

「生き金」とは相反するのが「死に金」です。

 

 

■「死に金」■

その場限りで使うお金。何も生み出すことがない使い方。

(例)消費や浪費。

場合によってはストレス発生やマイナスへと波及する、ギャンブルで負けた時なんかが典型的でしょうか。

あと、泥酔して何も覚えていないような飲み会やネオン街での支払いも典型的ですね(笑)

 

 

経費は全て自腹という今の立場になってみて、改めてこの

「生き金」と「死に金」について考えることが多くなりました。

 

 

 

私の業界ではしょっちゅう「会合(飲み会)」なるものがあります。

会社勤めの時はどうしても顔出さないと行けないような会合には、

本社から言われて嫌々ながら参加していました。

 

もちろん参加費は「経費として会社持ち」。

 

参加する時の気持ちとして、

「すごくメンドイ。ご飯だけ食べて、とっとと帰りたい。」

そんな気持ちで毎回参加していました。

 

こういった会合というものはどこの業界でも同じような物かもしれませんが、

古株が音頭を取って、あとは仲良しグループ同士で勝手にどんちゃんと盛り上がって終わる。

そして、めったに顔を出さないような参加者は何故か格付けが低いような扱い・・・。

 

 

当時は会社が業界の中でもそこそこ大きな会社だったから、私も変なプライドがあり

「別にあなた方と仲良くしないでも商売は成立するし、本社から言われて義務で来ているだけですから。(フン!)」

みたいな感じで参加していました。

当然、会合で名刺交換だけした人と一緒に商売したことは一度もありませんでした。

 

 

こんな姿勢で参加していれば、せいぜい話すのは近い距離に座っている参加者だけとなり、杓子定規な会話しかできません。

 

まさに費用対効果0の「死に金」のパターン・・・。(自腹じゃないけど)

 

 

そんな私でしたが、自分達で仕事をやり始めてからは

「どこにお金を投入すべきか?」という「生き金」視点を徐々に持つようになってきました。

 

今回参加した会合は、これまで行っていた会合とあまり内容は変わりませんが

「同じ参加費を払うなら、何かを絶対に得よう」

そんな気合を入れて参加したところ、思考が変われば行動も変わるもので

商売に繋がりそうな出会いを2社ほど獲得出来ました。

(大事なのは名刺交換した枚数ではなく、話した内容だと思います)

 

 

 

先述の例からここまで、一体何が言いたいのかというと・・・

誰が払っても同じ参加費を「生き金」にするか「死に金」にするかは自分の姿勢次第ということ。

 

 

昔の私のように自分の懐が痛まない時は必死になれないので、自分から積極的に挨拶へ行ったりはしない。得られる物はタダ飯のみ。

反面、自分で身銭切っているケースだと「何かを得なきゃ勿体ない!」という気持ちがアンテナを敏感にし、くだらないプライド0で積極的に遠い席まで挨拶に行ったりして会話を頑張ることが出来る。
だから、次に繋がったという手応えを感じれる。

 

同じシチュエーションでも、姿勢次第で結果は0から1に変わる。

 

 

「どんな状況でもアンテナ張って、自らの糧にする。」

頭では理解出来ていましたが、実際に腑に落ちたのは

悲しいかな・・・

身銭を切った時でした。

 

 

ビジネスマンたるもの、いつでも「これは生き金か?死に金か?」と

自問自答しながら、お金の使用用途を誤らぬようにしたいものです。

 

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